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   裁判ドキュメント 準備書面3
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平成18年(行ウ)第124号 健康保険受給権請求事件
原 告 清郷 伸人
被 告 国



                 準 備 書 面 (3)

                              平成19年8月29日

東京地方裁判所民事第3部A係 御中



                          原 告 清郷 伸人


 原告は、本準備書面(3)にて8月29日付けで裁判所に提出された被告の準備書面(3)への反論を行う。なお原告は7月9日付け準備書面(2)にて提示した質問への被告の回答を即刻求めるものである。
 
 1. 3度目の書面でも厳密な意味の法的根拠は明示できていない
 被告は今回でも旧健保法第63条や86条を混合診療禁止の法的根拠としているが、根拠たりえていない。準備書面(1)と(2)で根拠とされた条文以外の新しい条文が示されているわけでもなく、裁判長が最初から指摘しているとおり法的根拠としては不備のままである。
そして今回も根拠に基づかない法解釈や規則の概要、制度の仕組みを説明しているだけであり、それらによれば混合診療に対して保険給付は全面的に停止されるとしているのである。(今回は健保法の立法精神・政策を持ち出しているところが目新しいが、これについては後ほど反論する。)

要するに準備書面(1)や(2)で不十分とされた混合診療への保険給付停止の法的根拠の明示は今回もなされていない。特定療養費など法についての解釈が長々と述べられ、その反対解釈として混合診療への保険給付停止が成立すると強弁するが、これは正常な法解釈を逸脱している。
特定療養費などは保険治療と併用できる保険外治療について定めたもので、いかなる保険外診療(それは同じ病気に対する異なる日付や他病院での診療も含まれるとされるが、これも明文化されたものはないようできわめて曖昧で恣意的なものである)も保険診療と併用したら即時に保険給付を停止すると明示したものではない。それは原告の準備書面(1)の2頁で甲第1号証からの引用で「特定療養費制度の規定は保険診療と保険外診療の併用が可能であることを確認的に規定しているのみであって、それ以外の混合診療行為を禁止する趣旨は含まれていない」としたとおりである。

被告の準備書面(3)の9頁にも触れられている平成元年2月23日の東京地裁判決文には「混合診療禁止について法及び療担規則には明文の規定はなく、絶対的なものではない。」と記されている。そして平成18年3月、最高裁は旭川の杉尾裁判での判決で、憲法第84条に明文化されているとおり国民の権利を制限するには法律の根拠を要するという判断を示し、年金や健康保険の権利も含まれるとした。この趣旨からすると国は同年4月の健保法改正かその後の国会で明文化された法律を構築しなければならなかったのに、これを怠った。したがって現時点では、混合診療への保険給付停止(制限でなく停止である)は、最高裁の明確な判断に背くものといわざるをえない。すなわち行政による違憲行為である。


2. 被告の準備書面(3)で新たに設けられた立法精神・立法政策に対する反論
健康保険法は立法化され、国民皆保険制度も確立している。しかし混合診療すなわち保険診療と保険外診療の併用の禁止は立法化されているか。これについては、すでに述べたとおり条文上の根拠がなく、立法が確認できないのである。そうである以上、被告のいう立法精神とか立法政策とか立法者の意思は虚構といわざるをえないが、原告はあえて被告の作った虚構を仮定して反論を進める。

準備書面(3)の2頁や5〜7頁において被告は、混合診療を禁ずるのは併用する保険治療に悪影響を及ぼすおそれがあるという立法者の意思に基づく政策だと述べている。これが辻褄合わせの創作でないなら立法者の意思、立法根拠といった立法事実は証明できるのか。どのような医療の実態に基づいて立法者は悪影響を及ぼすと確信したのか。保険医療機関におけるどのような保険外治療によって保険治療がどういう悪影響を受けたのか。実際にそういう事実があり、その因果関係は医療者によって立証されたのか。そしてそのような例、悪影響の具体的な証拠や記録や事実は例外的といえないほど多数示せるか。それが示されなければ、悪影響説は法解釈を行った行政が自分の都合に合わせて作り上げた、ためにする妄想や邪推といわれても仕方ないであろう。

さらに一歩進めて、仮にそのような悪影響の具体的な証拠や実例が立法時多数確認できたとしたならば、なぜその悪影響をもたらしたとされる保険外診療だけでなく、ほぼ同義と思われる自由診療は野放しにされ、今も手付かずなのか。被告のいう立法精神や立法政策によれば、健保法は国民の医療への安全性を担保し、一連の医療行為から保険外診療や自由診療のような悪影響を及ぼす要素を排除するために混合診療を禁じたということだが、一方の保険外診療を縛るだけのこの立法政策は矛盾だらけである。
実際、加持祈祷のような無害な治療行為のみならず危険な、医療ともいえないような自由診療、死を招いたアガリクスまがいのサプリメントなど高価で有害な治療は世に溢れているのに行政は知らん顔である。それらの患者も保険治療を受けている。いやかれらはこれら有害な治療でさらに別の保険治療を受けることになる。そのように危険で有害なものも多い自由診療は野放しにしておいて、保険医療機関の保険医が行う保険外診療に対してだけ混合診療で保険給付停止にすることは、被告のいう立法精神にもとるといわざるをえない。もし立法精神は脇にやり、自由診療が患者の私的契約行為であり健保法で縛れないのなら、保険医療機関で患者と病院が結ぶ保険外診療も同様に私的契約行為と解釈されなければならない。

いずれにしても被告のいう立法精神、立法政策のような虚構に近い理屈で、憲法によって保障された国民の医療における14条平等権、25条生存権、29条財産権を奪うことは許されない。
被告は準備書面(3)の2頁、7頁で混合診療は古くから賛否両論あると述べているが、問題設定も含めてまったく不可思議な議論といわざるをえない。被告は異なる病院での診療も混合診療になるというが、実際には受診を把握できないその保険外診療はいわゆる自由診療と同じではないのか。そして自由診療を併用する混合診療は実態的にはまったく野放しで賛否両論の議論すら無いに等しい。もっぱら保険医療機関での同時期の保険外診療だけが議論の標的になっているのである。行政や医者はいろいろな思惑から賛否あるだろうが、患者から見ると、保険治療と同じ病院の保険外診療でも異なる病院の自由診療でも保険医療と併用できれば実態は同じで、片方が賛否の標的にされ、片方は野放しであることこそこの問題の虚構性をよく現している。

実際の医療現場においては、混合診療とはもっぱら保険診療と保険外診療を同時期併用することを指し、被告の想定している異なる病院での保険外診療など届け出もなく、把握できない以上、実体のない概念にすぎない。そして同時期併用の混合診療でさえ医療現場は制度違反であることを知っているから、それが治療上不可欠と判断した場合でも、病名を変えるなど苦肉の策を講じている。この不本意な抜け道は犯罪行為だが、全国で日常的に行われているようである。
しかしそうはいってもこの混合診療禁止制度が医療を不当に縛り、萎縮させている事実に変わりはなく、今年8月歯科材料の混合診療と思われる理由から藤枝市立病院が保険医療機関指名停止の処分を受けたことは記憶に新しい。ややこしい制度から混合診療になることを知らなかっただけの、悪質とはいえないウッカリミスを取り上げて市民に不可欠な病院を機能停止に追い込むとは野蛮な暴挙だが、この事件は市民や患者の窮状より厚労省の威信が大事という尊大な悪意が感じられる。このようにこの制度のもとでは、ずるい者が勝ち、正直者は馬鹿を見るのである。

準備書面(3)の2〜3頁において被告は、混合診療は不必要、不合理な自由診療の拡大を招くから健保法で認めていないとしているが、認めているか否かは別として、この言葉は、増え続けるがんなど難病患者の窮状を無視した冷たい思想である。限られた保険治療も効かずホスピスに行けといわれるがん患者は枚挙に暇がない。そのような患者は少しでも延命の可能性のある治療を受けたいのに保険外治療ということで病院から拒否される。   
厚労省は準備書面(3)の9〜10頁や乙第18号証の中で、改正された健保法で保険外診療の問題もほぼ解決されると主張しているが、本質的に旧法の特定療養費制度と同工異曲で、基本的枠組みは残したままで旧法を小手先で直しただけである。改正から1年半も経つのに未承認薬の治験も先進医療技術の申請も微々たるものである。結局、間口を拡げたように見えても審査要員は増やさないなど保険医療制度をいじられたくない官庁のハードルが高すぎて使えないのである。だから今でも保険認可はつねに遅く、的外れも多く医療現場との乖離が甚だしい。たとえば海外で認められた優れた治療や薬も、日本で認められていないため使えず亡くなる患者は数知れない。
少しくらい制度を改善しても、行政は必ず後追いなのである。そして患者は置いてきぼりにされる。だからといって患者は保険認可を早くしろとはいわない。保険医療機関で保険外治療を併用できるようにしてくれといっているのである。

確かに国の指摘する混合診療解禁の問題点、解禁による様々なリスク増大には一理あると思う。それは医療者側も懸念している部分である。しかしそれらも保険料を正しく負担している国民が一度保険外診療を受けただけで保険給付を全面停止されるという平等権、生存権、財産権といった憲法で保障された権利を奪う理由とはなりえない。それらは国民のこれほど重大な権利を剥奪する法的理念ではない。それらの問題点、懸念は適切な法整備と当局による適正な規制で対処すべきである。

3. 私がLAK療法と保険治療との併用を求めていることについて
私は、LAK療法と保険治療の併用禁止、それによる保険給付の全面停止が法的に規定されているといえないこと、また併用を禁じている制度自体が、私が憲法で保障された平等権、生存権、財産権を侵害していると判断したことから提訴に踏み切った。
被告の準備書面(3)11頁で指摘されたLAK療法の可否など余計なお世話である。保険治療も含めてがんのような難病治療には重大な副作用やリスクが伴うことは臨床医療の常識である。私は信頼する主治医と十分話し合って私が決断したのである。患者の自由意志で決めたことであり、その結果についても自己責任である。
私はまだ末期がんまでいっていないが、いずれいろいろな治療に頼らざるをえなくなる時が来ると思う。その時、治療の選択まで国の指図を受けなければならないのは不合理である。混合診療が解禁されて、保険給付と併用できる合理的な費用負担で納得のいく医療を受けたい、それが私をはじめとする難病患者の悲願である。

4.結語
以上のとおり、現在の混合診療禁止に法的根拠はなく、行政によるその制度運用は目的を裏切る矛盾に満ちており、憲法で保障された患者の権利を侵しているから、原告の請求は速やかに認められるべきである。