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   裁判ドキュメント 高裁準備書面9 2008年10月
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第1 特定療養費制度の趣旨について

1 控訴人の見解は文理に反すること
(1) 控訴人の主張
控訴人は、特定療養費制度が制定されたことが、混合診療を禁止したことの根拠であるとする。
控訴人によれば、「保険診療と自由診療が混在する混合診療において、費用を給付する対象を、同制度が適用された高度先進医療の場合について限定したものであるから、これに該当しない混合診療については、費用の給付が認められず、全額自由診療として患者が負担することを予定していたと解するべきである。」、「これ(特定療養費制度)が創設されたのは、健保法が原則として混合診療を認めないとの立法政策を採用していたこと、それが立法者意思であることの証左である。」、
として、原判決を批判するので、同制度について今一度検討する。
(2) 旧健保法86条1項の文理解釈
ア 旧健保法86条1項をみれば、特定承認保険医療機関から受けた療養(高度先進医療)及び、選定療養「を受けたときは、『その療養に要した費用』について、特定療養費を支給する」。と定めている。
イ ここで、「その療養に要した費用」における「その療養」とは、直前の文言を指すものであることは疑いようのないところであるから、「その療養に要した費用」とは文言上当然に、「高度先進医療及び選定療養に要した費用」を指すものと考える他はない。 文理からすれば当然にそのように読むべきであり、原審もそのように解している(原判決17頁3-5行)。
(3) 控訴人の解釈が明らかに文理に反していること
ア ところが控訴人は、原審の判断を、「『高度先進医療』(例えば温熱療法)という独立した単体の医療が存在するかのように誤って観念した」と批判し、その根拠として原審の解釈によれば、「診療報酬の算定方法」を勘案してわざわざ新たに定める必要はなく、「診療報酬の算定方法」をそのまま適用すればよいのであって、制度の規定に反する、と論ずる。
イ 控訴人の旧健保法86条1項の解釈は、「その療養」の意義について、「高度先進医療に不可避的に付随する基礎的な診療行為」であるとする。
しかし、このような解釈を同条の文言から読み取ることは到底できない。控訴人は条文の文理からは決して導かれない意味を、勝手に付加したものである。
「その療養」とは、「その」という語句の前に置かれた「・・・療養」部分を指示するのが日本語の読み方であるが、控訴人の解釈は、日本語の通常の読み方に従わず、条文にはない多くの前提を独自に設けた上で、本条文を解釈している。
このような、条文の文理をはるかに外れた控訴人の解釈が許されるとすればそれは唯一、控訴人の解釈の前提が、健保法の他の条文に明確に現れている場合でなければならないというべきである。

2 控訴人の不可分一体論には根拠がないこと
(1) 控訴人の解釈の前提は、診療行為の不可分一体性であること
控訴人の論拠は、「高度先進医療と、これに付随する通常の診察が併用されると、高度先進医療と、通常の診察とは混合して区別できなくなり、不可分の一個の行為と化してしまう結果、高度先進医療でもなければ、通常の診察でもない別個の医療行為が行われることになる」、という論理である。
この不可分一体論によれば、高度先進医療行為と、付随する診察とは混ざり合って他のものに変わり、「高度先進医療」に当たる特定の行為はもはや存在しないことになり、その結果、旧健保法86条1項における「その療養」とは、高度先進医療行為と、診察等基礎的医療行為が混合して生じた医療行為であるという理屈である。
(2) 不可分一体論の法的根拠はどこにあるのか?
控訴人が示した不可分一体論の根拠は次のようなものである。
①LAK治療と、インターフェロン治療を併用した後に行われる診察は、双方の「複合的な影響・効果を前提とした診療であることは明白であり、換言すれば、インターフェロン療法のみによる影響・効果だけを利用した診療であることはおよそいえない」(控訴理由書6頁5-7行目)。
②「(高度先進医療が保険給付の対象となるとする)原判決は、健保法が自らLAK療法の実施を禁止しておきながら、他方で、LAK療法に必要不可欠な診察、検査、治療を『療養の給付』として認める趣旨だと解釈したことになる。しかし、そうだとすると、原判決の判断内容に矛盾があることになる」(同頁下から5行目の段落)。
③「診療報酬の算定方法」を勘案してわざわざ新たに算定方法を定めたことは、療養の給付に関する費用の算定方法が、混合診療には妥当しないからである。
 そこで上記の、原告が掲げる3点の根拠について以下検討する。
(3) 控訴人の①の見解について
①の根拠は、診療行為の現場における事実上の分離が困難であることを指摘したものに過ぎず、法的な主張ではない。
医療の現場では、どこからどこまでがLAK治療で、どこからがインターフェロン治療であるかを截然と分けることはできない。
しかし、保険の適用においては、治療行為を形式的・外形的にみてどの部分が保険対象かを判断できればよく、現場の行為を切り分けることが要求されるものではない。
従って、①の見解は、法的根拠ではないばかりか、保険適用の範囲の問題を、現場の治療行為の分類の問題にすり替えており、失当というべきである。
(4) 控訴人の②の根拠について
原判決は高度先進医療が単に保険給付の対象となると判示しており、高度先進医療行為が「療養の給付」であると判断しているわけではなく、矛盾は存在しない。
 控訴人は、原審が特定療養費の支給される範囲を誤解しているという(控訴理由書21頁、第1準備書面17頁)が、控訴人の依って立つ不可分一体論からすれば誤解ともとれようが、保険給付対象の範囲は外形的に判断すべきであり、もともと可分である、との見解に立てば、原審判断には何ら矛盾も誤解もなく、むしろ条文に最も整合的な論理であり、これ自体が間違いというものではない。
不可分一体論に与せず、高度先進医療部分と保険診療部分とを分けて考える立場をとれば、原審指摘のとおり、高度先進医療部分の中にも診察等基礎的医療行為が存在するのであり、これに保険給付が行われると解することは十分可能である。
 (5) 控訴人の③の根拠について
ア 新たな算定基準を設けたことは、高度先進医療に対して新たに保険給付を行う新制度において、新たな算定方法を設けたということであり、格別矛盾を含んではいないといえる。
控訴人は、「法が、『診療報酬の算定方法』を勘案してわざわざ新たに算 定方法を定めたことは、療養の給付に関する費用の算定方法が、混合診療には妥当しないからであり、旧健保法が、混合診療が行われた場合には、一体として「療養の給付」に該当しないと考えたからである」、とする。
控訴人が指摘するとおり、高度先進医療においては、不可避的に、基礎的治療行為(診察、画像診断、検査等)が付随し、これも高度先進医療の一部をなす構成要素である。
86条1項は、高度先進医療行為と選定療養行為が療養費の支給対象であることを明記しているが、他方、従来の保険診療報酬の算定基準は、これらを給付対象とはしていないから、これをそのまま高度先進医療に適用することはできない。
したがって、法が療養費の算定基準を別途設けたことは、高度先進医療行為に対して保険の適用を行うという建前からは矛盾するものではない。
イ  また、別途定められた算定基準は、従来の診療報酬の算定方法と寸分違わぬものであり、別途定めたというに値しないものである。
   算定基準は、「高度先進医療の一部である基礎的治療」という形式的な分類に対応して、算定基準の名前を違えただけにすぎず、内容はまったく同じであり、「新たな算定基準」と呼ぶに値しないものである。
  
3 不可分一体性に関する原審および被控訴人の見解
  原審および被控訴人が不可分一体論を否定する法的根拠は、次のとおりである。
(1) 原審が不可分一体性を否定する根拠
ア  原審は、「『診療報酬の算定基準』が基本的に、診察、投薬、注射、検査、処置、手術など個々の行為に着眼して、各診療行為ごとに予め点数を定め、保険医療機関等が被保険者に提供したサービスについて、上記各点数表に記載された点数に1点あたり所定の金額を乗じて算出することによって診療報酬の額を算定するものであって、ある特定の傷病を基準として、その『傷病の治療等を目的とした一連の医療サービス』を念頭において複数の医療行為を一体として診療報酬が算定される仕組みは採用されていない。 また、『薬価基準』の別表も、医療用医薬品として承認された医薬品を『内用薬』等に分離し、個々の医薬品名の五十音順に、その規格単位当たりの価格を決めたものであって、ある特定の傷病を基準として、その『治療等を目的とした一連の医療サービス』としての医薬品を体系的に示したものではない。」、「これらによれば、法は、個別の診療行為ごとに法63条1項の『療養の給付』に該当するかどうかを判断する仕組みを採用していると言うべきである。」との見解を示した。
イ 上記原判決の見解は、診療報酬の算定システムが、各治療行為あたりの価格を積み上げて計算することを指摘して、法律上は「一連の医療サービス」は観念しようがなく、療養行為は、保険給付の対象としては可分なものであることが前提とされていることを指摘するものである。
(2) 被控訴人の根拠
ア 被控訴人の主張は、レセプト審査により、不適切な診療が発見された場合でも、療養の給付に関する費用としての診療報酬が支払われることを指摘するものである。
すなわち、健保法76条4項が『保険者は、保険医療機関又は保険薬局から療養の給付に関する費用の請求があったときには、第70条1項及び第72条1項の厚生労働省令ならびに前2項の定めに照らして審査の上、支払うものとする。』と定める。 すなわち、保険診療機関の過剰診療を防ぐために、保険者は保険診療機関から送付されてきたレセプト(診療報酬請求書)を審査し、保険者が妥当と認める範囲でしか支払い義務が生じない。
イ 法は、治療内容を個別的に判断して、問題のある治療を除外した残りの治療に対して保険者が支払うというシステムを採用しているのである。
このように、法は、「保険者は、・・療養の給付に関する費用の請求があったときは、・・審査の上、支払う」、と定めていることから、レセプト審査および査定を経て、不適当な治療を除外した残部の診療行為が「療養の給付」とされ、これに対する報酬が、療養の給付に関する費用として支払われることが法文上明らかである。
このことは、一連の治療行為の中から、一部の治療行為を除外しても、残りの部分の治療が『療養の給付』であるということを明確に示している。治療行為の一部だけを『療養の給付』として支払いの対象とする制度を法が定めているということは、治療行為が実質的に見て可分なものであり、一連の治療が一体不可分なものではなく、截然と分けられることを示している(被控訴人準備書面(7))。
ウ 控訴人の不可分一体論を前提とするならば、不適切な治療行為がなされた場合には、その患者に対してなされた一連の治療行為のすべてが、全体として、一個の不適切な治療行為となり、もはや、保険を適用する余地はどこにもないはずであるが、法はそのようなシステムを採用していない。
 法が一体不可分に反する態度をとっていることを控訴人はどのように説明するのであろうか。

4 特定療養費制度の趣旨経緯からは、混合診療禁止を導くことは不可能であること 
(1) 控訴人は、特定療養費制度の経緯・趣旨から、混合診療の禁止が導かれるとするが、この解釈には明らかな誤りがある。
文理からして、特定療養費が支給される「その療養」とは、高度先進医療あるいは、選定療養であるとしか考えられない。
旧健保法86条が新たに保険給付の対象としたのは、高度先進医療行為に付随し、高度先進医療行為の一部をなす、基礎的治療行為の部分である。
(2) 以下、特定療養費制度制定前においては、高度先進医療行為(基礎的治療を含む)に対して一切保険給付が否定されていた状況と、同制度により、新たな保険給付の対象として、基礎的治療行為が認められた状況とを対比して説明する。
特定療養費制度が定められる以前の高度先進医療技術については、その高度技術については勿論のこと、付随する基礎的治療行為についても保険対象ではなかった(下図1)。
86条1項における「その療養」とは、どのように読んでも「高度先進医療あるいは選定療養」と解さなければ文理に反するから、ある高度先進医療行為が同制度に採用されることにより、あらたに保険対象として認められたのは、高度先進医療行為の一部として、不可避的に付随する基礎的治療行為(診察、画像診断、検査など)の部分であると解さなければならない(図2)。
図1
特定療養費制度の適用前

        高度先進治療行為

                             
                             
                             
       
  z



図2
特定療養費制度の適用後                 

         
       高度先進医療行為




      
  保険適用なし                      保険適用有り          
(変わらず)                       (変わらず)






控訴人の考え方
図3
特定療養費制度前
      
      高度先進医療行為






  保険適用なし            
              すべて保険給付対象外
図4
特定療養費制度適用後
       
      高度先進医療行為 






保険適用なし
86条1項:        =保険給付の対象
となる               





(3)ところが、控訴人は、「その療養」の意義について、「高度先進医療行為のうち高度先進技術に不可避的に付随する基礎的治療行為および、これと不可分一体をなす通常の保険治療行為」と解して、文理を大きく歪めた見解をとっている(図4)。
 控訴人の見解が成り立つのは、不可分一体性が健保法の趣旨であると認められる場合に限られるのであるが、前述したように、法はむしろ、不可分一体性を否定する立場を採っていると言わざるを得ない。
 控訴人が健保法解釈の前提とする不可分一体性を表明した条文はなく、医療行為の現実的分離が困難であることと、保険給付の対象としてどこからどこまでを保険給付の対象とするかということとは別個の問題である。控訴人の見解を支持する趣旨は健保法のどこを読んでも出てこないといえる。
(4)旧健保法86条1項の「その療養」が、高度先進医療行為を指すことは明らかであるから、特定療養費制度創設により変更が生じたのは、高度先進医療行為のうち先進技術に付随する基礎的部分が新たに保険給付の対象とされたことである(図2)。
すなわち、同制度は、「『その療養』である高度先進医療行為」の一部に保険を適用することを目的としており、通常の保険治療行為(例えばインターフェロン治療)は高度先進医療行為ではなく、まして、「その療養」には当たらないから、そもそも制度の枠外に置かれているというべきである。
従って、旧健保法86条は、従来保険適用対象とされてきた診療行為に対して何らの変更も加えるものではないと解される。
 控訴人は、高度先進治療と併用される保険診療行為が、86条によりあらたに保険給付の対象となったことが、同制度の趣旨、経緯であるとするが、従来の保険診療行為は86条の関知しないところであり、制度創設により何ら影響を受けていないのであるから、控訴人の立論は失当である。
(5)旧厚生省と現在の控訴人の制度の解釈には、食い違いが見られること 
乙22号証2頁目の最下段右側の吉村政府委員(局長)の答弁を見ると、①温熱療法をやる場合には診察、レントゲン診断、検査、投薬等が必要である、②その上に温熱療法をやる、③今回の改正(特定療養費制度の導入)から診察料、レントゲン診断、検査、・・・薬材料、これは保険で給付をする、④ただ、がん温熱療法の部分だけは自己負担になる、との発言をしている。
この答弁からすれば、特定療養費制度の対象となり、保険給付が行われるのは、温熱療法に必要な診察、レントゲン診断、検査、投薬等、「高度先進技術に付随する基礎的治療」であると解され、温熱療養と併用される、例えばインターフェロン治療についても、新たに保険の対象になる、という話は出ていない。
 吉村局長によれば、同制度によって、診察、レントゲン、・・等々が、温熱療法に必要なものとして施された場合には、療養費が支給される、ということである。
 インターフェロン治療のように温熱療法に必要というわけではなく、それ自体が一個の治療行為となるものについては、やはり同制度の枠外の治療として保険給付対象となるのである。
 














第2 憲法問題
1 日本国憲法第97条は、「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」として憲法が保障する人権の重要性を規定し、これを受けて第98条1項は、「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。」として、憲法の最高法規性を規定している。
  ここまで検討したとおり、「特定療養費制度及び保険外併用療養費制度の創設の経緯及び趣旨にかんがみ、健康保険法上混合診療は原則禁止されている」という控訴人の解釈が失当であることは明かであるが、かかる解釈は憲法上も許されないものである。
  以下、問題となる規定毎に論じる。

2 憲法14条違反
(1)憲法14条第1項は、「 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」と平等原則について規定している。
   仮に健保法が混合診療を原則禁止しているとすると、保険診療を受けている者が、それと併用して特定療養費制度における高度先進医療(または保険外併用療養費制度における評価療養)を受けた場合とそれらに該当しない自由診療を受けた場合、前者においては保険診療部分については依然として保険診療が受けられるが、後者の場合にはそれが受けられないという異なった取り扱いを受けることになる。
   かかる異別的取り扱いは憲法14条1項の規定する平等原則に違反し許されない。
(2)控訴人は混合診療禁止原則の根拠を「特定療養費制度及び保険外併用療養費制度の創設の経緯及び趣旨」であるとするが、そのいわんとすることは、健保法は特定療養費制度ないし保険外併用療養費制度に限定列挙された以外の混合診療を原則禁止しており、その場合には全額自費診療となるということであり、要は特定療養費制度ないし保険外併用療養費制度の反対解釈である。
   控訴人の述べる特定療養費制度ないし保険外併用療養費制度の解釈につき、制度目的の合理性、及びその目的達成のための手段として混合診療禁止を禁止し、上記異別的取扱を行うことが合理的と言えるかどうか検証する。
(3)控訴人は、特定療養費制度の目的につき、「差額徴収の弊害が社会問題化する中で」、「医療の発展を促し、患者のニーズに応えるべきという要請と、安全性及び有効性の確保された医療を平等に給付すべきという要請との調和を図るため」(控訴人第1準備書面15頁)と主張している。
   同制度の目的として安全性を掲げることが不当である点は従前述べたとおりであり、被控訴人として同制度の目的に関する控訴人の主張には同意しえないが、控訴人の主張する同制度の目的自体は、いわゆる大義名分を並べただけであって、不当な内容は含まれていない。
(4)しかし、同目的達成のために混合診療を禁止することが、上記目的を達成するための手段として合理的とは到底言えない。
   まず、高度先進医療として認められていない治療行為にも様々なものが存するところ、同制度はそれらを何ら区別することなく、全て同じく取り扱っている点においてあまりに不合理であるといわざるを得ない。
   同制度は、安全性が認められないどころかむしろ危険であるともいいうるような民間の治療行為と、本件におけるLAK療法のように、いったんは高度先進医療として認められたが、後に有効性が認められないとして高度先進医療から除外され、その点においては一般的にもいったんは安全性有効性が確認され、また、個別患者に対しては十分に安全に有効な治療である様な場合を特に区別せずに取り扱っている。
   個別的にその治療行為の有効性、安全性を自己の治療行為を経て十分に確認した上で、医師と十分に相談して、経過を見ながら行う治療に関しては、もはやそれを安全性、有効性の観点から否定する必要がないことは明かであり、係る治療に同制度の目的はもはや及ばないはずである。
   現実問題として、そのような治療行為をわずかでも行えば保険診療部分もすべて自由診療となるということは、その患者に死を選べと法が強要しているということである。
   保険外の治療行為が、当該患者にとっていかに安全有効であったとしても、それが高度先進医療に指定されているかいなかという点でだけで、一方は保険給付を受領し続けることができ、一方は死を強要されるということがあまりに不合理な差別であることは明らかなことである。
   安全性の確保は重要な問題ではあるが、それは医療全般にかかわる問題であり、混合診療禁止という方法により健保法が取り扱うべき問題ではない。
   そして、上記議論は特定療養費制度を引き継いだ保険外併用療養費制度にもそのままあてはまるものである。
(5)したがって、健保法上混合診療禁止の原則が採用されているとの解釈は憲法上許されず、控訴人の主張は失当である。

3 憲法25条違反
(1)憲法25条は、第1項において「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」、第2項において「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」として、国民の生存権を保障している。
(2)生存権保障の具体的内容については争いがあるが、傷害福祉年金と児童扶養手当との併給調整を定めた規定の違憲性が争われたいわゆる堀木訴訟上告審判決は以下のように述べている。
   「憲法二五条の規定は、国権の作用に対し、一定の目的を設定しその実現のための積極的な発動を期待するという性質のものである。しかも、右規定にいう「健康で文化的な最低限度の生活」なるものは、きわめて抽象的・相対的な概念であつて、その具体的内容は、その時々における文化の発達の程度、経済的・社会的条件、一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであるとともに、右規定を現実の立法として具体化するに当たつては、国の財政事情を無視することができず、また、多方面にわたる複雑多様な、しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものである。したがつて、憲法二五条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており、それが著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合を除き、裁判所が審査判断するのに適しない事柄であるといわなければならない。」
   すなわち、最高裁は、生存権に関しては立法府の広範な裁量を認める一方、その裁量にも限界があり、「著しく合理性を欠き明らかに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえないような場合」には違憲の問題が生じうる旨述べているのである。
(3)控訴人のいう混合診療禁止原則は、保険診療と並行して自由診療を受診した場合に、遡って保険診療部分も含めて全て自由診療となるという原則である。
   しかし、同制度は、死に直面し、保険診療による治療が功を奏さない難病患者が、自己の治療経験から安全性、有効性が確認できている医療を受け、何とか生き延びたいと心の底から思っても、当該治療が一般的な有効性、安全性が要求される高度先進医療に規定されていない場合には、その治療法を選択できず、死を待つことを強要されるというあまりに残酷な内容も含んでいるのである。
   生存権の規定は、国民の文化的な最低限度の生活を保証するものであるが、混合診療禁止は原則は、被控訴人を含めた上記のような立場の患者に対しては、その「生存そのもの」を奪うものであり、保健医療の内容に関し、いかに広範な国会の立法裁量が認められようとしても到底許されるべきものでないことは明かである。
   したがって、、健保法が混合診療禁止の原則を採用しているとの解釈は憲法25条に反し、到底許されるない。

4 憲法29条違反
(1)憲法29条は、第1項において「財産権は、これを侵してはならない。」として国民の財産権を保障し、第2項において「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。」として、財産権も公共の福祉による制約を受ける旨規定している。
(2)保険給付権は、国民皆保険制度の下、強制徴収される保険料の対価として保険診療を受ける権利であって、国民の重要な財産権である。
   ところが、控訴人が健保法が採用しているとする混合診療禁止の原則によれば、保険診療を受けているものが、並行して高度先進医療等に規定されている以外の自由診療を受けた場合には、遡って全ての保険診療をが自由診療となる、すなわち保険給付権を奪われるということになる。
   そのような制度は、国民の財産権を侵害し、無効である。以下検討する。
(3)特定療養費制度及び保険外併用療養費制度の目的については「差額徴収の弊害が社会問題化する中で」「医療の発展を促し、患者のニーズに応えるべきという要請と、安全性及び有効性の確保された医療を平等に給付すべきという要請との調和を図るため」とする。
   同制度の目的をどう捉えるかの問題については従前述べたとおりであるが、控訴人の述べる特定療養費制度の目的はそれ自体公共の福祉に反するものではない。
(4)しかし、かかる目的を達成する手段として、混合診療を原則禁止することが合理的制限として公共の福祉の範囲内であるといえるかは大問題である。
   そもそも、医療の発展を促し、患者のニーズに応えるべき点からすれば、患者の望む医療はできるだけ自由に認められるべきである。
   また、安全性及び有効性の確保については、医療全般に関わる問題として、他の法により規制すべき問題である。
   そして、医療の平等な給付に関していえば、早期に保険収載できるシステムを構築すべき国の債務として達成すればよいことである。
   それらを調和するには混合診療を禁止なければならない必然性はどこにもない。
   したがって、健保法が混合診療を禁止しているとの解釈は憲法29条2項に違反し許されない。
  
5 憲法84条違反
(1)憲法84条は、「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする。」と租税法律主義について規定しており、租税法律主義は課税要件法定主義、課税要件明確主義をその内容とする。
   控訴人は、明文の規定がないにもかかわらず、「特定療養費制度及び保険外併用療養費制度の創設の経緯及び趣旨」にかんがみ、健保法上混合診療が原則禁止されていると主張するが、かかる健保法の解釈は憲法84条の趣旨に反するものである。
(2)最高裁は、市町村が行う国民健康保険の保険料率の決定を旭川市長に委任した条例が憲法84条に違反する否か等が争われた訴訟において、保険料に憲法84条の規定が直接に適用されることはないとしながらも、「憲法84条は,課税要件及び租税の賦課徴収の手続が法律で明確に定められるべきことを規定するものであり,直接的には,租税について法律による規律の在り方を定めるものであるが,同条は,国民に対して義務を課し又は権利を制限するには法律の根拠を要するという法原則を租税について厳格化した形で明文化したものというべきである。したがって,国,地方公共団体等が賦課徴収する租税以外の公課であっても,その性質に応じて,法律又は法律の範囲内で制定された条例によって適正な規律がされるべきものと解すべきであり,憲法84条に規定する租税ではないという理由だけから,そのすべてが当然に同条に現れた上記のような法原則のらち外にあると判断することは相当ではない。そして,租税以外の公課であっても,賦課徴収の強制の度合い等の点において租税に類似する性質を有するものについては,憲法84条の趣旨が及ぶと解すべきであるが,その場合であっても,租税以外の公課は,租税とその性質が共通する点や異なる点があり,また,賦課徴収の目的に応じて多種多様であるから,賦課要件が法律又は条例にどの程度明確に定められるべきかなどその規律の在り方については,当該公課の性質,賦課徴収の目的,その強制の度合い等を総合考慮して判断すべきものである。
   市町村が行う国民健康保険は,保険料を徴収する方式のものであっても,強制加入とされ,保険料が強制徴収され,賦課徴収の強制の度合いにおいては租税に類似する性質を有するものであるから,これについても憲法84条の趣旨が及ぶと解すべきであるが,他方において,保険料の使途は,国民健康保険事業に要する費用に限定されているのであって,法81条の委任に基づき条例において賦課要件がどの程度明確に定められるべきかは,賦課徴収の強制の度合いのほか,社会保険としての国民健康保険の目的,特質等をも総合考慮して判断する必要がある。」と判示した(平成18年3月1日最高裁大法廷判決 判例タイムズ第1205号76頁以下)。
(3)保険料に憲法84条の趣旨が及ぶ点は上記判例において確認されているところ、本件で問題となっている保険給付権は、保険料納付の対価として国民が保健医療を受ける権利であって、保険料同様に憲法84条の趣旨が及ぶことは明かである。
   であるとすれば、保険給付権という国民の権利を制限するためには、「法律」で「明確に」定められるべきであることは憲法84条の要請である。
(4)ところが、控訴人も認めるとおり、混合診療禁止なる原則を定めた明文規定は健保法上もその委任を受けて定められた療担規則にも存しない。
   控訴人は、混合診療禁止原則の根拠を「特定療養費制度及び保険外併用療養費制度の創設の経緯及び趣旨」であるとするが、そのような不明確な根拠に基づいて国民の重要な権利である保険給付権が剥奪されるような事態は到底許されるものではない。 したがって、健保法が混合診療を原則禁止しているとの解釈は憲法84条の趣旨に反し許されない。
                                  以上