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1.週刊朝日の暴露記事
電車広告の衝撃
2005年9月28日いつものように東海道線の朝のラッシュに揺られていた私は、ふと見た電車の中吊り広告に目が釘付けとなった。それは週刊朝日の広告で、「神奈川県立がんセンター、混合診療隠しで怪しい経理」とあった。同センターは私が2001年1月に左腎臓がん摘出手術を受け、半年後頭部蝶形骨と頸骨部に転移が見つかったため治療に通院している病院である。一瞬頭の中をいろいろな想像が駆けめぐった。がんセンターが何をしたのだ、何があったのだ―勤務地のコンビニで週刊誌を買ってページをめくると、いきなり「LAK」という文字が飛び込んできた。「LAKって僕が受けている治療だ」、急いで読むと記事の大要は次のようなものだった。
記事の大要
2003年3月、神奈川県立がんセンターは74歳の胆管がん患者にLAK点滴治療(清郷注:LAK治療を略述する。患者の採血液からリンパ液を分離し、リンパ球を数千倍に培養する。これにインターロイキンUという薬剤を加えて凍結保存し、数回に分けて患者に点滴投与する。50ccの血液から3カ月分6回の点滴剤ができる。腎臓がんの他に脳腫瘍やメラノーマなどに有効といわれている。免疫細胞療法の一種で、活性化自己リンパ球療法ともいう)を提案し、患者は04年7月まで32回の治療を受けた後、同年8月に死亡した。その治療費は約190万円、保険が利かない説明書と病院口座ではない別の口座に振り込む案内書があった。これを不審に思った遺族が週刊朝日に訴え、取材の結果、表題の記事となったのである。
医療保険制度の概要
わが国の医療制度はわかりにくいが、この件を簡単に説明すると、まず日本の保険医療では厚生労働省で認めていない医薬品や治療を一つでも保険医が行うと他にその患者が受けている保険の利く薬や治療もすべて非保険となるという混合診療禁止制度がある。特定療養費制度という保険医療を巻き込まない例外扱いもあるが、基本的には混合診療禁止制度によりすべて自費扱いとなる。がんセンターはその未承認の治療を行い、その治療費を別口座に請求するとともに他の保険医療費は正式に請求していたわけで、明らかに制度違反といえるのである。
がんセンターに支援を送る
私はこの時点で混合診療禁止制度のことをよく知っていたわけではない。だが私はすぐに直感した―病院が患者のために行ったことが曲解されている、と。このままでは病院は悪者扱いされ、LAK治療も続けられなくなるかもしれない。私になにができるだろう?すぐに私は病院の私の主治医にファックスを送った。―「この問題の本質は時代遅れな混合診療禁止制度にあります。貴病院、とくに週刊誌に名指された先生は良心的な治療と制度の矛盾に苦しまれたと思います。たまたまLAK治療の甲斐がなかった患者はお気の毒とは思いますが、このケースが週刊誌に取り上げられるほどの問題とは常識では考えられません。がん治療ではすべて成否は予測不能です。否定的結果をいちいち訴えたら治療は成り立ちません。
この記事は今回の件を意地悪いジャーナリストの目で見ると、こんな歪んだ見方もできるのかという見本です。実態は、病院の医師側は難治療の患者になんとか治療の手を差し伸べたい、しかし混合診療禁止の壁がある、そこで考え出された苦肉の手段なのです。実際、私もですが、LAK治療を選択する患者は多いでしょうが、制度のために莫大な治療費がかかるとなるとあきらめるでしょう。この点、貴病院は良心的なのです。この記事からでも儲けた人は一人もいません。
どのような制度、法でも順守義務があるという意見に対しては、法律でも緊急避難行動は許されている、生死の分かれ目を前にしたがん治療ではそういうケースもあると私は考えます。この治療は私をはじめ、とくに若い脳腫瘍の患者さんへの効果が認められると聞きます。この記事で貴病院のLAK治療の体制が動揺する事を危惧します。」
2.週刊朝日への抗議と弁明
週刊朝日への抗議
10月7日私は週刊朝日に抗議のeメールを送った。
「この記事がどういう衝撃と困惑をがん患者たちに与えたか想像できますか。行政や病院がこの記事を黙殺してくれることをどんなに願っているか。なぜなら管理者側は事の善し悪しよりも体面や評判で、治療中止などという対応を判断しがちだからです。病院の行為は生死の境にある患者への善意から出たものです。がん治療の最前線では効果的な多くの抗がん剤がこの制度が壁となって使えず、助かる命が失われていることは周知の事実です。記事の患者も結果は不幸だったが、病院の配慮がなければ何倍もの治療費がかかっていたでしょう。病院が自らのリスクも顧みず患者本位の行動をとったから、貴誌のような問題の本質を転倒させたジャーナリズムにひっかかってしまったのです。
がんセンターの良心的な治療態勢と卓越した医療技術は永年通っている私は良く知っているし、それによって日本経済新聞の調査にもあるように、がん治療では全国総合評価2位という抜群の治療成果を築いてきたのです。この記事がそのすべての努力に泥を塗りました。のみならず病院と患者を窮地に追い込むかもしれません。この治療が中止になったら多くの命が危機に瀕します。貴誌はこの責任を自覚しますか。
たしかに病院の行為は厳密にいうと不正行為です。しかし責められるべきはこの場合、病院ではなく混合診療禁止制度です。なぜこういう非人道的制度が日本の医療を覆ってしまったのか、その存在正当性は何かを検証すべきで、これこそメディアのテーマでしょう。朝日にはこの記事のような空虚な騒音でなく、多くの患者を死に追いやっている混合診療禁止制度の問題を追及していただきたい。」
週刊朝日の弁明
週刊朝日からは12日に副編集長名でメールの返信があった。私信のため引用できないので要点を列記する。@まず問題だと感じたのは、混合診療ということよりも、この治療を患者や家族がきちんとした説明を受けておらず、医師の口座に治療費を支払うという不可思議な経理処理がなされていることである。A混合診療というのは、記事中にもあるが、評価が分かれる問題であり、このため、記事のタイトルも、「経理」を問題にするものにした。B同センターは「良心的」な動機で混合診療を実施していたのかもしれないが、患者への説明をないがしろにしてもいいわけではなく、患者には「良心的」であっても、現在の制度で混合診療を行うことは、保険料を不正に受け取ることにもなる。C多くの「良心的」な病院では、患者のために保険診療が認められていない治療をする際に、ごまかしながら混合診療をするのではなく、病院の負担で(これはこれで問題であるが)行っている。D混合診療に対しては、医師会からだけでなく、実験的な治療が増えかねない、治療費が高額化しかねないなど、様々な問題点が指摘されている。
再度の抗議文
これに対する同日付けの私の返信―「ご趣旨は良くわかりました。しかしこの患者遺族の情報を元に記事を作られたと思いますが、それにしてもそれほどの事件ではないし、社会性、普遍性はありません。ためにする記事としか思えない。こんなことをあげつらうなら同種のケースは無数にあるでしょう。私は患者として病院から経理の詳しい話など要らないし、疑問に思ったら週刊誌などに訴える前にまず病院に尋ねますね。このケースであらかじめ病院が患者にどのような説明ができるでしょうか。
病院がLAK治療の廃止に追い込まれたことはご存知ですか。多くの患者は死の淵に放り出されました。しかし存続しても混合診療禁止制度で全治療が自費になればあきらめる患者もいたでしょう。私は貴誌を相手にする気はありません。今回の自分のケースを契機に混合診療禁止制度と戦うつもりです。すなわち相手は医師会寄りの行政と既得権益固持の医師会です。医師会はサイトで金持ち優遇の混合診療反対を叫んでいますが、実は医療技術競争を排除してどんな医者でも公平、平等に儲けられる現状を維持したいだけなのです。そのため今回のケースを他のメディアにも発信しました。きっかけとなった貴誌も取り上げていただければ幸いです。」
言論という凶器
実際、朝日が指摘した患者への説明がされたか否かは当事者だけしかわからぬし、いくら説明があっても不足に思う者はいるだろう。また朝日のいうように病院の研究費で混合診療を行う病院もあるが、保険を使えず全医療費を病院が負担するわけで莫大な費用となり、とてもがんセンターのように多数の患者には実施できない。いずれにせよ週刊朝日は治療廃止による患者の危機という重大な結果を予想できたにもかかわらず、自分たちのために記事を作ったわけで、言論という凶器を弄んだのである。私はこの暴力に罰がないことに憤りを覚える。
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