| 現在までの病気の経過 |
| 2000年 |
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| 11月29日 |
超音波検査を行った検診機関より左腎臓に影があるからすぐ精密検査をするように職場に電話が入る。 |
| 30日 |
友人と相談し、神奈川県立がんセンターに連絡、泌尿器科小林医師の診察を受ける。超音波画像で腎腫瘍が疑われ、CT、MRI検査を予約する。 |
| 12月13日 |
小林医師が5センチの腎臓がんと診断、告知する。 |
| 22日 |
骨シンチグラフィ検査で再検査され、頭と頸の骨2カ所に所見を指摘される。 |
| 25日 |
小林医師は骨の所見は良性の可能性高いと診断し、念のためMRIを予約する。 |
| 2001年 |
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| 1月15日 |
入院する。主治医は小林医師。 |
| 17日 |
手術前の説明で、検査の結果、骨の所見はがんではない。 |
| 19日 |
左腎臓摘出手術。 |
| 31日 |
がん組織病理説明で、悪性度(G)は2、分類(T)は1(7センチ以下)
浸潤はなかった。 |
| 2月 1日 |
インターフェロン自己注射開始。約1年間の予定。 |
| 8日 |
退院。 |
| 5月30日 |
定期検査のMRIで頭と頸の骨に所見、すぐCTも撮影する。 |
| 6月 1日 |
小林医師から腎臓がんの骨転移と診断、告知される。
〈告知内容〉転移は頭部蝶形骨とC7頸椎の2カ所。危険なため手術は不可。放射線や自己免疫療法はできるが救命率は20%くらい。抗がん剤は効かない。余命は今読めない。がんが頭や頸を通る神経を圧迫するとしびれ、麻痺などが始まる。 |
6月
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米国のMDアンダーソンがんセンターとメモリアル・スローン・ケタリングがんセンターに画像フィルムと診断書を送り、セカンドオピニョンを行う。2カ所とも画像ではがんと確認できないが、治療は米国と変わらないという意見だった。 |
| 7月13日 |
リニアック放射線治療開始。17回照射する。 |
| 9月 |
活性化自己リンパ球療法(LAK)開始。2週間に1回点滴を行う。
以降 頭頸部と胸腹部のCTをそれぞれ半年に1回、骨シンチグラフィを年1回行う。 |
| 2005年 |
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| 10月 6日 |
がんセンターでLAK治療の廃止を告げられる。 |
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